1770年代に、ルイ16世の従兄弟であるシャルトル公爵ルイ=フィリップ・ドルレアン(Louis-Philippe d’Orléans, duc de Chartres)は、当時はまだ田舎だった20haの土地に英国風の庭園を造ることを決意した。彼は画家で造園家のルイ・カロジ・ドゥ・カルモンテル(Louis Carrogis de Carmontelle)に依頼し、カルモンテルは1778年に庭園の絵(1枚目の絵)を書き、絵とは違った古代ローマ風のナウマキア(Naumachie、模擬海戦用の楕円形の池)を作った。当時は、こうした擬似的な遺跡を庭園の一部に作ることは一種の流行で、ウィーンのシェーンブルン宮殿の庭園内にあるローマ遺跡(Römische Ruine、1778年)や、ローマのボルゲーゼ公園(Villa Borghese)にあるアスクレピオスの神殿(Tempio di Esculapio、1786年)も同じ頃に作られた。コロナードに使われた円柱は、サン=ドゥニ寺院(Basilique Saint-Denis)で1568年から作り始められたヴァロワ礼拝堂(Rotonde des Valois、大聖堂の北翼廊出口前、2枚目の絵)が、1719年に解体された時のもの。パリ市は、1861 年のモンソー公園の開園に向けて150年の間に荒れ果てたナウマキアの保存と修復を決めた。こうした歴史的経緯を踏まえてナウマキアを見ると、実に美しい。廃墟のように、端の方はワザと壊れたまま放置してある(3・5枚目の写真)。これと対比すべきなのは、皇帝ハドリアヌスの別荘ヴィラ・アドリアナ(134年)にある有名な海の劇場(Teatro marittimo、5枚目の写真)であろう。