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 ビュット=ショーモン公園  Parc des Buttes-Chaumont 

パリでは、18世紀の初頭から、セーヌ川の南では石灰岩を採掘し、パリ北部の丘陵地帯では石切り場はないが、地表近くに石膏(硫酸カルシウムを主成分とした鉱物)が至る所あり、①露天掘り、②丘全体を平らに削る、③丘の中腹に大きな穴を掘るなどの方法で採掘が行われていた(石膏は石膏粉、石灰の製造に使われた)。19 世紀初頭、ビュット・ショーモン採石場は全体が楕円形の形状で、幅15mの採掘ベンチ(階段状の採掘場)で採掘が行われた。1842年には最下層の採掘ベンチに到達し、1850 年代後半には採掘できなくなった(下の写真は1852~53年頃の採掘場)。荒れ果てたビュット・ショーモンを、ナポレオン3世は1867年のパリ万博までに改善するようセーヌ県知事のオスマン男爵に命じ、ジョルジュ=ウジェーヌ・オスマン(Georges-Eugène Haussmann)は、広大な公園を作ることにし、技術者のジャン=シャルル・アドルフ・アルファン(Jean-Charles Adolphe Alphand)、造園家のジャン=ピエール・バリエ=デシャン(Jean-Pierre Barillet-Deschamps)とエドゥアール・アンドレ(Édouard André)に委託した。パリ市は1863年に約25haの土地を購入し、工事は1864年から始まり、1000人の労働者、100頭の馬、2両の蒸気機関車と450両の貨車が動員・使用され、約20万㎥の土を投入し(工事中の1865年頃の写真を下の2枚目に示す)、1867年の万博開幕(4月1日)に間に合わせた。公園の中央にある採掘場の窪地には、円形に近い直径約150mの池(約1.5ha)が作られ、その中央には高さ30mの岩山が聳えている。


ビュット=ショーモン公園の池の中央にあるベルヴェデーレ島(Île du Belvédère)には、2つの峰がある。1つは、頂上にシビル神殿(Temple de la Sibylle)という、如何にもイギリス式自然園を思わせるパビリオンの建つ峰。もう1つは1枚目の写真のように、岩の牙のように突き出た峰。どこを見ても、この峰の名前は書いてない。ただ、「パリとフランスのブログ」というドイツ語の個人サイトに、この岩のあたりの景観と、エトルタの白亜の崖を比較した面白い写真があったので、2枚目に掲載する。3枚目は、シビル神殿の付近の危なげな人工の岩肌を撮ったもの。フランス語の公式なサイトでは全く触れられていないが、ベルヴェデーレ島は非常に質の悪い泥灰岩で覆われた石膏の丘なので、人工の岩と天然の岩が混在して用いられた。人工の岩というのは、コンクリートを使った岩の模造品で、補強のためにあらゆる場所で使われている。1869 年、イギリスの庭師ウィリアム・ロビンソンは、コンクリート尽くめの公園に不快感を覚えたと書かれている。3枚目の写真で、神殿の下の左半分は表面がコンクルートで固められている。4枚目の写真は、島と庭園を結ぶ2つの橋の1つの石アーチ橋(長さ12m、高さ22m)で、1900 年代初頭から、この橋での自殺者が多かったことから、「自殺橋(Pont des Suicidés)」という非公式の名前が付いている。5枚目の写真は、橋の横に残る石切り穴の崖。6枚目の写真は、島や橋の南にある「高さ 32mの人工滝のある洞窟」の入口(穴の中に白い滝が見える)。この洞窟の天井にある鍾乳石はすべて補強セメントで作られた偽物。最後の写真は、標高の高い東側からの、如何にも都市公園らしい風景。なお、庭園のもう1つの吊橋は、エッフェルが架けたものなので、橋の方で紹介する(No.63)。