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ガラビ鉄道橋
Viaduc-rail de Garabit
エッフェル社(エッフェル35歳のとき設立)が手がけたシウール川のルーザ鉄道橋 (Viaduc de Rouzat、1871年)では、トラス桁をトラスの鉄塔で支えるという構造が採用された(1枚目の写真、借用)。その後、ポルトガルのポルトの街でドーロ川を跨ぐ「スパン160mの当時最大の鉄道橋」のコンペ(1875年)では、エッフェル社の考案した構造形式の橋(中央に鉄を組んで作った巨大なアーチを立ち上げ、その前後のトラス桁は、ルーザ鉄道橋のようにトラスの鉄塔で支えた)が、他社の半額以下という建設費で勝利した(2枚目の図)。設計の陰の功労者は共同出資者のセーリグ(Théophile Seyrig)技師だったが、エッフェルはそれを公表しないまま、橋は1877年に完成した。ポルトには行ったことがないので、他のサイトの写真を3枚目に掲載する。エッフェル社は、1884年に、このドナ・マリア・ピーア(Dona Maria Pia)鉄道橋を凌ぐ スパン165mの
ガラビ鉄道橋
をフランス国内に作る。私の撮った4枚目と、3枚目の写真を比べてみると、如何によく似ているかが分かる(エッフェル社は、このタイプの橋をヨーロッパ中に架けた)。5枚目の写真は、反対側から撮ったもの。ガラビ鉄道橋は、その後フランスの誇りとなり、ユーロに移行する前の最後の200フラン札に、エッフェルの顔と一緒にデザインされたほどであった。一方、エッフェルにより黙殺されたセーリグ技師は、ガラビ鉄道橋の1年後に、ガラビ鉄道橋を上回るスパン172.5mの橋を、同じポルトの街に架けた。6枚目に、5枚目と似た方向からのドン・ルイーシュ一世(Dom Luís I)橋の写真を掲載する。この橋が独創的なのは、ポルトの街が川沿いにあるのを考慮して、上は鉄道橋、下は道路橋と2階建て構造にした点。ワンパターンでない分、セーリグ技師の方が優れている。因みに、エッフェル塔(1889年)の施工を請け負ったのはエッフェル社だが、デザインや技術担当はエッフェルではない。彼は技術者なのか、技術者上がりの高慢な経営者なのか? 何でも自分の成果にしてしまうような…