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ボーヴェのサン=ピエール大聖堂
Cathédrale St-Pierre, Beauvais
ボーヴェのサン=ピエール大聖堂
は、巨大な失敗作。1225年当時の司教は、それまで作られたどの大聖堂よりも高い、天井高48.5mもある堂宇の建立を決めた。内陣の建造は1230年頃から始まり、1260年頃完成した。順調に思えた出だしだったが、側廊との間の2番目の柱の強度が不足していたため、右側のヴォールト天井の一部が崩落し、天井の横圧を控壁に伝えるための飛梁(フライイング・バットレス)も破損した。そこで、側壁を厚くして強化し、ヴォールト天井の構造を変更し、内陣の南側部分は3つのヴォールト天井を6つに細分化し、中間に柱を立てて支持した(1347年頃に完成)。ここで百年戦争により中断。1499年になって、袖廊の建設を始めて 1532年に完成。そこまでは良かったのだが、大聖堂にとって最も大切な身廊の建設を後に回し、先に、見栄えだけのために、フランス一高い尖塔の建設にかかる。1569年に完成した高さ153mの塔は、それだけの重さに耐えるよう下部が作られていなかったため、1573年に崩壊した。この段階でそれ以上の建設をあきらめ、1604年に身廊につながる開口部に隔壁が作られた。従って、サン=ピエール大聖堂は、内陣と翼廊だけの
⊥
型の変則的な形(本来なら✟型にすべき)になってしまった。1853年になり、過去の構造に無知な修復チームによって、美観を妨げる鉄のつなぎ材が外されて強度が低下。1960年代には、見苦しいだけで役に立たないと思われた鉄のつなぎ材を外してしまい、約20年後に亀裂が生じて止まらなくなる。予防措置として、高さ40mの地点に8本の巨大な梁を設置して翼廊の内部を強化。その後も各種の改善が続いている。1枚目の写真は南側の翼廊の正面。2枚目の写真は内陣の外側の非常に背の高い控壁と、そこに力を伝達するための飛梁を撮ったもの。3枚目の写真は⊥型の翼廊と内陣の交差部から、内陣の奥を撮ったもの(他の大聖堂より、翼廊から内陣の奥までの距離が長く、50mほどある)。4枚目の写真は、内陣の最奥部の高い天井の様子。