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 コンピエーニュ宮殿  Château de Compiègne 

コンピエーニュ宮殿の原点は、パリから遠くないコンピエーニュに、シャルル5世が1374年頃に建てた 広大な森を見下ろす要塞だった。この中世の小さな建物は時を経て拡張され、ルイ15世が1736年から再建を命じたことで現在の宮殿が誕生し、ルイ16世もさらに拡張した。他の多くの城と同様に、フランス革命の際に被害を受けたが、ナポレオン1世が修復を命じ、1808~10年にかけて内装と家具を新調し、ナポレオン3世がさらに洗練させ現在に至っている。コンピエーニュの最も重要な “住人” は、皇帝ナポレオン3世と、皇后ウジェニー・ドゥ・モンティージョ(Eugénie de Montijo)だった。2人は1856年から「シリーズ(séries)」を実施した。それは、秋に行う4〜6週間にわたる祭りで、外国の君主や王子、外交官、作家、芸術家、科学者が招かれ、狩りに出かけたり、森を散策したり、コンサートや演劇を観賞したりした。18世紀に行われた城の宮殿化では、建築家のアンジェ=ジャック・ガブリエル(Ange-Jacques Gabriel)の工夫の跡が見られる。宮殿の平面図は下に示すように細長い三角形で、しかも、平坦な地形の上に建っていないので、庭園に面した斜めのファサード(下の図の青色系の部分)は2階建て、南の広場に面した短い底辺(濃い橙色の部分)と、西の通りに面した縦線(淡い橙色の部分)は3階建てで、それが目立たないように設計されている。庭園のアクスは4.5kmもあり、ヴェルサイユ3.2kmを超えて世界最大。
 

1枚目の写真は、庭園に面したファサードの中央にある新古典主義(ギリシャ神殿風)の建物と、1859 年に置かれた彫。2枚目の写真は、宮殿の段差が良く分かるファサードの前の階段。3枚目の写真は長大なアクス。ただ、森林の間に隙間が設けてあるだけ。この宮殿の魅力は内部の装飾や家具。重要な部屋は、上の図の庭園に面した ”青色系の部分の中央” に集中している。4枚目の写真は、皇后の部屋。ナポレオン1世がまだナポレオン・ボナパルトだった頃に、結婚した最初の妻ジョゼフィーヌ・ドゥ・ボアルネ(Joséphine de Beauharnais)のために、1804年に皇帝となった彼が用意したものだが、部屋が完成する前の1810年に、嫡子が生まれないことを理由にジョゼフィーヌを離縁したため、この部屋の住民はナポレオンの2番目の妻である皇后マリー=ルイーズ(Marie-Louise)のものとなった。この部屋と、皇帝の部屋のみ、赤紫色がかったピンクが使われている。5枚目の写真は、女官の間(Salon des dames d’honneur)。社交的でいつも大勢の女官たちと談笑していた皇后ジョゼフィーヌが希望した部屋。座る椅子は階級によって決められていた。ソファは皇帝と皇后のため、肘掛け付きの椅子は皇帝の親族用。6枚目の写真は、舞踏室(Salle de bal)。皇后マリー=ルイーズのために建てられたもの。天井はナポレオンの軍事的勝利を讃える絵で飾られている。