ページの先頭へ

■国別のリストに戻る     ■フランス 「城と教会」のリストに戻る

 カーンのサン=エティエンヌ教会  Église Saint-Étienne, Caen 

カーンのサン=エティエンヌ教会は、男性修道院(Abbaye-aux-Hommes)とも呼ばれ、ノルマンディー公ウィリアム2世(のちのウィリアム征服王、William the Conqueror)が、フランス王との1054年の戦いに勝利した後の1059年、建立を決断したもの。ノルマンディー公爵夫人、フランドルのマティルダ(Mathilde de Flandre)も女性修道院(Abbaye-aux-Dames)を建立する(Caen ② 参照)。工事は1063年に始まり、ノルマンディー公国の国王としての強い意志と、神学者ランファン(Lanfanc、のちのカンタベリー大司教)の協力で順調に進み、早くも1077年に奉献される(ウィリアム2世は、1066年10月14日のヘイスティングズの戦い(Battle of Hastings)でイングランド王位を勝ち取り、この時点でウィリアム征服王となっていた)。これは、ノルマンディーの王がイングランドの王となった初めての出来事。1枚目の地図は、1087年のイングランド王の領土を示すもので、範囲は僅かなノルマンディーと、イングランド全域となっている。よくこれで、イングランドの王になろうとしたものだと驚かされる。2枚目の地図は、以前、ロシュ要塞の解説で使用したのとは別の「アンジュー伯のプランタジネット家の領有地域の地図」(1枚目の地図と縮尺、左右の位置を合わせてある)。このくらいフランス国内での領地が広ければ、イングランド王となってもおかしくはないのだが。
 

1枚目の写真は、教会の全景。ここほど塔の多い教会も珍しい。ファサードの2塔に加え、翼廊の交差部の上の八角形の中央塔、内陣を囲むように建てられた2対計4基の鐘楼と合わせ、全部で7基の塔がある。2枚目の写真は、ファサード。11世紀のロマネスク様式の双塔の上に、13世紀になってゴシック様式の尖塔が建てられた(高さ80mと82m)。さらに、大きな尖塔の周囲を小さな尖塔が取り巻いている。ファサードそのものは、ロマネスクのままなので非常に質素。3枚目の写真は、身廊から内陣を撮ったもの。身廊はロマネスクのままなので、両側は3層構造になっていて、すべて半円アーチで支えられている。天井のヴォールトを支える柱が、途中遮るものなく一直線に延びているのは、クータンス大聖堂と同じ。天井の交差リブヴォールトのリブが、ゴシックとは違い、十字の中央に身廊を跨ぐようにアーチリブが追加されているのは、強度に自信がなかったのか、ロマネスクのデザインの影響か? それにしても、ここにはロマネスクらしい突飛な飾りが一切ない(ある意味、つまらない)。奥に見える内陣は、13世紀にゴシック様式で作り直された。4枚目の写真は、内陣内部の上部。