【世界遺産】私がフランスで、パリ以外に何度も訪れた場所の一位が、シャルトルのノートルダム大聖堂。2回目は1回目の6年後、3回目はその5年後、4回目はその5年後。その後、10回以上海外に行っているが、すぐ近くを通った時も寄っていない。なぜかと言えば、シャルトルの唯一最大の魅力であるステンドグラスがどんどん汚れて 美しく澄んだ「シャルトル・ブルー」が見えなくなってしまったから。ここで用いた内部の写真は、3回目の時のもの。シャルトル大聖堂は、1194年の火災で破壊されたロマネスク様式の大聖堂の跡地に作られた。歴史上の火災(Les incendies dans l'histoire)というサイトを見ると、「意図された火災? ノートルダム・ド・シャルトル大聖堂のケース(Incendies programmés ? Le cas de la cathédrale Notre-Dame de Chartres)」という、アルノ・タンベール(Arnaud Timbert)による解説がある。その中でタンベールは、①火災は1194年6月10日に起きた。②火災の直後からゴシック様式でより多くの巡礼者を収容できるような大聖堂の建設が始まり(建設資材がすぐ調達できた)、早くも1226年には基本的な工事が完了した。③巡礼者にとって一番大切な「聖母マリアの肌着(la chemise de la Vierge)」が奇跡的に地下室から見つかった、などの状況から、古いロマネスク教会を建て替えるための人為的な火災だったという仮説を立てている。火災で唯一燃えなかったファサードの高さ103mの南塔(1150年)は別として、身廊と内陣は1210~15年にかけて作られた。身廊(天井の高さ37.50m)は、その後の、ランスやアミアンでも踏襲された3層構造(2層目は背が低く窓のないブラインド・アーケード)を使用。内陣は多くの巡礼者が入れるように二重の回廊とし、内陣の奥の後陣には礼拝堂(大3、小3)も設けられた。ファサードの北塔(高さ115m)だけは、1516年の完成と随分遅くなる。
シャルトル大聖堂には戦争や革命を免れた12~13世紀のステンドグラス2600㎡が当時のまま残っている。これは、一番貴重な12~13世紀のステンドグラスとしては世界最大の規模で、シャルトルの最大の魅力。ステンドグラスの色の基調は紺色なので、「シャルトル・ブルー」と呼ばれている。最初に作られたのがファサードと翼廊のバラ窓(1225~30年)。すべてのステンドグランスの完成は1240年。奉献は1260年10月24日。
1枚目の写真は南翼廊のバラ窓。2枚目の写真は身廊のステンドグランス(かなり暗い)。3枚目の写真は後陣の丸天井の下のステンドグランス。4・5・6枚目は礼拝堂の中のステンドグラスで、6枚目が私の一番好きなステンドグランス。最後の7枚目の左側は、一番有名な「美しき絵ガラスの聖母(Notre-Dame de la Belle-Verrière)」を正面から撮ったもの。