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 シノン城  Château de Chinon 

【世界遺産】シノン城はロワール川の支流ヴィエンヌ(Vienne)川に面した丘の上の広大な城。城の創建は古く、6~10世紀の間に作られた。そして、12世紀に入ると、ロシュ要塞やソーミュール城で登場したヘンリー2世が、ここでも登場する。ヘンリー2世は、1153年のウォーリングフォード協定(Treaty of Wallingford)により、プランタジネット家の支配する地域が、イングランドとスコットランド、フランスの中南部全域まで広がったので、フランス側の首都をシノンとし、それまであったシノン城の東側に、サンジョルジュ要塞(Fort Saint-Georges)を築き、その中に宮殿や礼拝堂を作り、1160~80年の間、頻繁に滞在した。しかし、ヘンリー2世が死に、フランス王フィリップ2世が領地の拡大を目指してイングランド領の町や城を攻め取り、1205年にはシノン城も、ロワール渓谷で最後の城として陥落させ、その結果、ノルマンディー全域をイングランドから奪った。その後、シノン城はフランスの宮廷の城として使われ、ジャンヌ・ダルクが1429年にシャルル7世に会ったのもシノン城。しかし、16世紀に入ると、フランス王の居城はブロワやフォンテーヌブローになり、シノン城は放置され荒廃する。シノン城の修復が始まったのは1840年以降。2003~10年にかけて、それまで手を付けてこなかった(平地になっていた)サンジョルジュ要塞の発掘調査が行われた。

1枚目の写真は、ヴィエンヌ川の対岸から撮ったシノン城の全景。ただし、この時点では、ただの平地だったサンジョルジュ要塞の跡地(写真の右端の橋の向こう)は入っていない。2枚目の写真は、城の平面図。3枚目の写真は、高さ35mの時計塔(Tour de l'Horlge)。1枚目の写真の城の右端の高い塔。2枚目の地図の中央の右下の。塔の前に石のアーチ橋があるが、かつてはここに跳ね橋があり、門には落とし格子が設置されていた。4枚目の写真は、リチャード獅子心王が1190年に築いたムーラン塔(Tour du Moulin)。1枚目の写真の最左端の西端の小さな塔。2枚目の地図でも、最も左下の
 
 
 
 
5枚目の写真は、シノン市が作成したサンジョルジュ要塞の復元YouTubeの一場面で、シノン城の手前に残るサンジョルジュ要塞の跡地の現状(2枚目の地図のの下の部分)。6枚目の写真は、5枚目の写真に、同じYouTubeにあった宮殿の復元想像図を重ね合わせたもの。かつては、このような光景だったのかも。