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 ヴィランドリー城の庭園  Château de Villandry 

【世界遺産】ヴィランドリー城は、修復された16世紀の城と、20世紀に再現された庭園を組み合わせた懐古的な城館。城は、フランソワ1世の財務大臣ジャン・ル・ブルトン(Jean Le Breton)が城主となった時、12世紀の要塞の角塔を除き すべてを破壊し、角塔の北面から北に向けて、東面から東に向けて2棟のフランス式の館を建て、東の館の東の端から、北に向けて3棟目のフランス式の館も建て、全体を “コの字型” とした(1536年)。1枚目のグーグル・マップ(航空写真)では、右上部にある ”⊔” の形の建物。”⊔” の左下角の色の薄い部分が中世の角塔。その後、城主は次々と変わり、1906年に維持不良で取り壊しの危機に瀕していたヴィランドリー城を購入したジョアキム・カルヴァロ(Joachim Carvallo、1869~1936年)が、城を16世紀の状態に修復した。カルヴァロが熱心に取り組んだのは、荒れ果てていた庭園。一部は18世紀以来の流行だったイギリス式の自然庭園に変わり、それが放置されていた。カルヴァロは、建築家ジャック・アンドルーエ・デュ・セルソー(Jacques Androuet du Cerceau、1515頃~85年)が残した16世紀のルネサンス庭園の古い図版を元に、イギリス式庭園を壊し、フランスの伝統を体現するルネサンス様式の庭園の再現を実現させた。2枚目の図は、カルヴァロが参考にした本の1つ、セルソーの『Le second volume des plus excellents bastiments de France(フランスの最も優れた建築物第2巻)』(1607年)に収録されている、1579年のChateau de Buryの刺繍花壇。カルヴァロは、城館の前には、フランス式の刺繍花壇を作ったが(1枚目のグーグル・マップの城館の真下の2×2の四角)、彼の一番の功績は、城館の西側に作った一辺約30mの正方形に近い菜園を3×3=9個並べたこと。この部分は他の敷地よりもやや低く、灌漑用の水を引き込むことができ、厩舎(枚目のグーグル・マップの左上の ”)の近くで同じ高さにあるため、自然な土壌改良が期待でき、擁壁によって冷たい風から守られ、野菜、果物、花の混合植栽が計画された。
 
 

1枚目の写真は、菜園から城館(中世の角塔を入れて)を撮ったもの。2枚目の写真は、城館の前の、私の好きな刺繍花壇から菜園を撮ったもの。菜園が一段低いこと、周囲が擁壁で囲まれていることが分かる。